Not only is the Internet dead, it's starting to smell really bad.:2021年07月20日分

2021/07/20(Tue)

[映画] 久米田康治/劇場編集版 かくしごと ーひめごとはなんですかー

観てきたよ、川崎チネチッタも久しぶり( 7年半ぶりらしい)で、さいか屋もマルイも消失しとって驚いた、ずいぶんと西口空洞化しとるな…

そんで表題の件、アニメ観ること自体もう何十年ぶりだし、去年放送してたアニメ本編の劇場再編集版ということで過大な期待は持たずに挑んだつもりではあるんだが、追加カットがほんの数分程度しかないので、尺足りずに駆け足になり過ぎたアニメ本編の最終回を補完して不満を解消仕上がりになったかは???ちょっと怪しいよなぁという感想。

ということでちょっと辛口な内容になるけど個人的に粗と感じた点を書いておこか。

まず普通に映画化するなら、尺的に月マガ連載時の「姫ちゃん18歳編①~⑤」の流れ(単行本12巻とは構成が違う)をそのまま映像化するのがベストと思うのだけど、再編集版と銘打って劇場数も絞る予防線貼ってることからも最低限の予算無かったんだろうなと。 そうすると新規に11歳誕生日回と父の日回のアニメ2話分くらいをおこすのは無理だよね。

でもあの原作のラストは、原作で可久士が鎌倉の家で箱を用意するシーン、そしてアシスタントに白黒2色での漫画表現を語るシーンがあってこそ輝くと思うので、最低限の謎解きシーンの追加だけじゃどうしても唐突に感じちゃうのですよ。 原作既読勢であれば脳内で補完することはできるだろうけど、 一見様初見がこの映画だけだとそもそも話の内容理解できるんかなぁと。

それに時系列を19歳から18歳の誕生日の日の事件を振り返るという形にしたことでナレーションが説明口調になりテンポ悪くなってるなと、ならば追加カットなんぞ無い方がバランスよかったんじゃねえかなーと個人的には思ってしまった、でもそうすっとそもそも映画化する意味が無いという話だけど。

なぜ時系列を改変したのは、原作とアニメの最終回に差異があるので「フライングで19歳箱の中身を知ってしまう」という流れを再編集版にネジ込むのは厳しいと判断し、しゃーないのでフライングではなく19歳(大学生?)の誕生日に開けたという設定に変更したんだろう。 そんでメタ的に、ちょうど原作とアニメが最終回迎えてから1年後の映画公開なので、それを年齢に反映してしまおうってことでもあるんだろう。

でもさーやっぱり絵筆を握るラストシーンは高校生のままの方がよかったんじゃねえのかな、そもそも久米田先生によるキービジュアルと特典の書き下ろし漫画だとまだ高校生なので時系列ブレブレなっとるよねこれ。 キッチリしてないのでイライラする。🔪🍖🪓

あと冒頭の「これは私と、父と、母の、家族三人の物語」というセリフなんだけど、姫ならば犬のロクを家族の一員として数えないはずがないので(伊豆旅行回とか)違和感が先にきてキャラのブレを感じて、そこで???になっちゃうんですよ。 よく考えればこのセリフの「これ」が18歳箱にあった「親子3人の登場するとてもつまらない日常漫画」のことでブレてるわけでは無いと判るのだけど、でもそこは誤解が生じないよう「つまらない漫画」を画面内に見せてから発さないとダメなセリフだよね、ちょっとこのへんのコンテの切り方が雑と感じてしまった。

そんで続くタイトルバックだけど「海の底からみた空」ってのはちょっと悪趣味に感じた、このカットからワイは「海中に沈み溺れゆく後藤母が絶望感の中に人生最後にみた青がこれ」って胸糞解釈しかできないのよね。 まぁ一歩譲っても「母の霊は父娘を見守ってます」的なスピリチュアルな意図だと解釈しても、海の底からじゃもうそれ地縛霊でしょっていうね…

最後にエンドロール、「君は天然色」がフルで流れる間ひたすら鎌倉の遠景2カットと後藤母が眠る海だけってのはちょっとした事故レベルじゃねえかなぁ、既存のエンディングだと尺がフルじゃないし舞台が中目黒から鎌倉に変わったので使い回せないけど予算なぞ無かった感ありありで、そこはもっと頑張れよと。

そんな心配をよそに世間では非常に好評なレビューで興行成績も順調かつ予想以上とのことで、上記のような重箱の隅レベルが気になる人間はそうはいないということか。 まぁワイも不満も残ったけど劇場特典の書き下ろし漫画(あるいは久米田先生の週刊ジャンプへの就職活動)が読めたので満足です。

なお書下ろし漫画前後編、アニオリの姫ちゃん激走シーンの感動をしれっとギャグで上書きしようと画策してるので久米田先生はやっぱ鬼だな変わらんなぁと思いました。

だいぶ辛口に書いたけどそれでも100点満点中80点くらいの良い作品なので時間のある人はどうぞ、なお原作には200点あげたい作品なので、アニメと映画だけ観て感動しましたはい終わりじゃなく必ず原作も読んで頂戴。

原作まで ポロロッカさかのぼる気になった人は、最終12巻については話の流れが月刊連載の方がわかりやすい (既刊1~11巻で書き下ろしカラー8Pで先行公開してた話を月マガ連載単行本未読の人のために再構成してる)からそっちから先に読んだ方がいいかもね。 今はマガポケで一話単位で購入できるのでわざわざ月マガのバックナンバー集めるとかの難しい話にはならんし。

原作の書評も最終回直後に書こうと思ったんだけど、いろいろ大変な時期で書けずじまいだったのでいずれ書きたいね。 さらっと読んだだけだと親子もので感動系とか久米田 の野郎先生も 老いた丸くなった 来世での予定ペンネーム「夢ひろし」もう名乗っていいのではとなるのだけど、メタ的な部分に注意して読むと常軌を逸した緻密な話作りで相変わらずの尖りっぷりで、そら メープル椎名先生に天才と呼ばれますわ。

一例を挙げると、なぜ鎌倉の七里ガ浜海岸が第二の舞台なのかという話、これメタ視点で読むとここって太宰治がカフェの女中と入水自殺を図るために夜通し歩いた場所であり、また一人だけ死にきれずリハビリ生活を送った病院の所在地だからなのよね。 過去作品「さよなら絶望先生」とのリンクになってるし、そこから可久士というキャラクターがなぜ生まれたのかがみえてくる、まぁ長くなるのでまたいずれ機会があれば。

そんでもう一例、姫の学校の友人が一部の例外を除いて全て「さよなら絶望先生」のキャラの使い回しなのかという話。久米田先生は「ネタ切れ漫画家なので苦肉の策」とインタビューで自嘲してるけどそれは煙幕でちゃんと必然性があるのよね。 ヒントは作品のあちこちで示されていて最終的には「(メタ的に)姫は一体何者なのか」という話に行き着くのだけど、こっちも長くなるしでまたいずれ。