Not only is the Internet dead, it's starting to smell really bad.:2018年11月上旬

2018/11/04(Sun)

[音楽] XTC/The Ballad Of Peter Pumpkinhead 他

世の中はハロウィンで大騒ぎだったようけど(もはや渋谷は自分が学生時代を過ごした街の面影は無いな)、この時期に思い出して聴きたくなるのはやっぱりこの曲かな。

はじめてこの曲を聴いたのも渋谷のどこかかの音楽スタジオかライブハウス、友達のXTCのコピバンの演奏だったかな。

この曲はアンディ(・パートリッジ)がハロウィンからしばらくして裏庭で朽ち果てたジャックオランタンを「このカボチャ頭はいったいどんな罪を犯したらこのような哀れな姿になるのだろう」との着想からこの曲の歌詞を書いたという。

カボチャ頭のピーターが街にやってきた
智恵を広め、富を分け与え
飢えたものには食い扶持を、貧しきものには住まいを与え

カボチャ頭のピーターについて皆が熱く語ろうとすると知能も語彙力も共に低下
【今期覇権】教会【大正義】なんてとっくにオワコン
ショッピングモールに彼が現れてひとつお話をはじめだけで
人垣ったら屋根に届こうってもんだった
カボチャ頭のピーターのお話にはいつだって嘘偽りってものが無かった

でもそんな彼の正しい行いを気にいらず、多くがアンチに回ってしまったんだ
誰だって自分の足元にひざまずく人間を失いたくはないだろう?
万歳!カボチャのピーター
でも誰がカボチャ頭のピーター自身の幸せを祈り守れるのだろう?
どうしてこうなった!

カボチャ頭のピーターは恥辱を受けた
それは彼の名声を失墜させたい政府の仕業
【悲報】カボチャ頭の下半身、暴走する【淫夢入り】的なゴシップ記事
ピーターは多くは語らなかったれど
どんな形の愛だってそれは正しいはずと

カボチャ頭のピーターは立派だった
薪と板切れで作った十字架に釘打たれても
カボチャ頭のニヤニヤ笑いを忘れることなく死ぬ様子はテレビで生中継された
その晒され嘲笑される姿は君とよく似てるといえるし
もっと悲惨なことに今の僕ともそっくりなんだ、まワ晒

万歳!カボチャのピーター
でも誰がカボチャ頭のピーター自身の幸せを祈り守れるのだろう?
泣けるんだよなぁ…

曲のPVはさらに過激で「ケネディ暗殺事件はバチカンの陰謀」と捉えられかねないスキャンダラスなもので一部の表現に検閲が入ったりもした。 これは前々作のアルバム *1「Skylarking」で没にした「Dear God」という無神論を告白する曲がシングルB面にもかかわらず局地的なヒットしたことで、レコード会社がスキャンダラスな売り方を推したんだろうと思う。 なんせXTCのレコードは売れないしプロモーションのためのツアーもしないからのヤケクソ商法といえる、そりゃミュージシャン辞めたくもなるわなアンディ。

ちなみに曲のシングルは中世ヨーロッパの銅版画風に描かれた業火の中で焼かれる聖人をジャケットにあしらっていた。

Ballad of Peter Pumpkinhead.jpg
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収録されたアルバム「 Nonsuch」の最後を飾るこちらも名曲「Books Are Burning」の歌詞のモチーフ、ハイネの警句「本を焼く者は、やがて人間を焼くようになる」と対であることを強調している。

ステージ恐怖症のアンディが原因でツアーを止めてしまったこの時期のXTCの珍しいライブ映像やな。

本が焼かれる、それも大通りで
自分もそれをみた、炎が文字という文字を舐め尽くした
書が燃えている、空気が張り詰めている
ご存知の通り、本を焼く人間が次に焼くのは人間自身だ

僕はひとたび印刷された言葉は何であっても許されるべきだと思う
たとえそれはどんなひどい内容の文章であったとしても
書物は過去の死者から現在の生者への智恵の継承なんだ
あなたの心と脳の栄養となる食料倉庫を開ける鍵なんだ

この曲の歌詞も素晴らしい、近頃はなかなか本を読み切れず老いを感じるんだけどね。

あと今でも入手可能か判らないけど(たぶん中古ならすぐ見つかると思う)この曲のデモトラックが収められたその名の通り「 Demo Tracks」 を聴くと、曲はすでにアンディの手によって9割完成してるにもかかわらずコリン(・モールディング)のベースが無いことで非常に冴えない印象がある。 バンドサウンドの不思議ってやつだな。

そういえば曲中で鐘が高らかに鳴り響く曲というと、今にして思うと2000年代の大ヒット曲「Coldplay/Viva La Vida」との共通性を感じるわね。

この曲の歌詞には以下の一節がある(いつものように意訳多め)

革命勢力は今かと待ちそびれている

権力者である自分を断頭台に送り
その首を銀の盆に載せここに届けさせること

こんな運命に糸を操られる人形のような
哀れな王に誰が成りたいというのか?

それは自分の番がくるまで判らないのか

同名アルバムのジャケはドラクロワ「 民衆を導く自由の女神」であり、フランス7月革命において断頭台の露と消えた数々の権力者たちを思い出すけれど、銀の盆に置かれた首というのはヴェチェッリオやカラヴァッジオが題材とした「 洗礼者ヨハネの首を持つサロメ」からの連想でもある。

ヘロディアの娘(サロメ)は悪女というけれども、それは人の本質であって「好きなものを求めよ」と言われれば誰もが「洗礼者ヨハネあるいはカボチャ頭のピーターの斬首」を願うのかもしれない。

この曲のPV、なかなか楽しい盆踊りを披露するクリス(・マーチン)のフランス国民衛兵風の衣装だけど、わき腹には磔刑に処せられた十字架のキリストの死を確かめるべく槍で突いた傷を擬した印があったりもする。 また歌詞はめまぐるしく時代と場面がいれかわり、かつて自分のものだった世界を懐かしむ権力者(海を割ったモーゼ、ソドムを追われたロト、ローマ軍に滅ぼされエルサレムを失ったユダヤ人、バチカンの法王に破門されたローマ皇帝、断頭台のルイ16世、セントヘレナのナポレオン)は誰のことなのか判然としなくなる。

この曲の歌詞、何かの普遍性を異なる時代の事件の羅列でつづるテクニックは、The Rolling Stones/Sympathy For The Devil(悪魔を憐れむ歌)を思わせるところがあるよね。

自己紹介しましょう
私は裕福で品も備えています
しかし私は長年の間
沢山の人たちの人生そして信念を虫ケラのように踏み潰してきました

私はそこにいました
イエス・キリストが十字架にかけられ「わが神、わが神、どうして私を見捨てられたのですか」と叫んだときも
ピラトがイエスの無実を知りつつも民衆に圧され死刑判決を下すも、手を洗うパフォーマンスで自分に責は無いと主張したときも

お会いできて光栄です
私の名前を覚えてらっしゃいますか?
私が誰かわからない?
それこそがこの名前当てゲームの本質なんです

私はそこにいました
セントペテルブルグでロシア革命がはじまり、皇帝ニコライ2世と重臣らがが裁判もなく地下室で処刑されようというときも
最後に殺されようとするロマノフ家のアナスタシア妃が虚しく悲鳴を上げたときも

ナチス・ドイツが電撃的にフランスへ侵攻したときも
死体が膨張し破裂してあたり一面に腐臭をふりまいたときも
そのときは元帥の姿を借りて、戦車団を指揮していました

世界中のあちこちで支配者の王族が
自分らが作り出した偽りの神のため
百年戦争を戦っているときも
私はゲラゲラ笑いながら眺めてました

誰がケネディを殺したって(笑)
つい叫んじまったよ、そうさ!アンタとオレのせいさ
ボンベイへ向かうピッピーの吟遊詩人かぶれどもだってオレが罠に仕掛けて死なせたのさ

警察官はみんな犯罪者
すべての罪人こそ聖人
頭が尻尾、尻尾が頭

もう一度自己紹介したほうがいいですか?
なんなら「悪魔」って呼んくれてもいいのよ?なんせ私は自制が効きますからね

オレに会うときは
礼儀と
共感と
品性ってやつ
お前が人生で学んだ全てのマナーを駆使して
オレに接しないなら
お前の人生ってやつを
ぶ ち 壊 し て や る

オレの名前がわからないのか?
もう一度教えて欲しいか?
なら罰を受けろ

ひざまずけ

ひざまずけ

一般的には「悪魔」が名前と思われてるけど「人間」が正解だよね。

それにしてもクリスとモンティ・パイソンのエリック(・アイドル)が二人で十字架に磔になる競演がみたいですね、ロンドンオリンピックもう一回やろうぜ。

そういえばケネディ暗殺事件をモチーフにした曲というとNew Order/1963も思い出す。

なぜか最近このPVのアーサーベイカーによるリミックスの方が有名なんだけど、 オリジナルの方が好き。

この曲の歌詞もなかなかにおもしろい、さらっと一読しただけだと夫婦関係の終わりで逆上して妻を殺した男の話としか読み取れず、あちらこちらに存在する和訳もそう解釈してるのが多いんだけど

あたりを知ってると登場人物の男女がこれも目まぐるしく入れ替わってることに気づく。

それは1963年の1月
ジョニーは私へプレゼントを持って帰ってきた
君の事を愛しているしそれに誕生日だからと

彼はとても素敵でとても優しい人だった
私にとってはそう思えた、その瞬間までは
私は彼のことを思っていたし、彼も私にとって良かれと思うことを考えていた

目を閉じて、と彼はいった
きっと僕のプレゼントには驚くよと
でもおかしなことに彼は泣いていた
私を傷つけるつもりじゃないんだと

おお神様、ジョニー、私に銃を向けないで
私たちの暮らし、たらればはいくらでもあったけれども
だけどお願い、ジョニー、「それ」を私にはしないで
いったいいくら払えば私は命乞いできるの?
一生のお願いだから私の言うことを聞いて

ルビーは「ジャクリーン大統領夫人に同情する内縁の妻の悲しみに義憤に駆られオズワルドを撃った」と犯行動機を語った。 そしてオズワルドが真犯人かは諸説あるけれど、ケネディ暗殺犯もまた「モンローの死でケネディを疑って悲しむ妻のため、彼女の誕生日に買ってきた銃でケネディを暗殺することをプレゼントしようとした」のかもしれないというのがこの歌詞だ。 (2番以降は人物がいれかわり、今度はケネディとジャクリーンの双方の浮気遍歴とモンローの死の話と読み取れる)。

優しいと評されるあってもどこか狂っていて本当か嘘かわからない噂を信じて悲しみ人を憎んだり、またその優しさが義憤を生んで時には誰かを殺してしまうというのが、歌詞を書いたバーニー(バーナード・サムナー)の考えなのかもしれない。

そしてそれは1963年から半世紀が過ぎインターネットとSNSが普及したことによって、カボチャ頭を斬首し銀の盆に盛りつけたいと願うどこか狂った人たち(それも大勢)が可視化されたことで信憑性が増したように思える。

それは渋谷の馬鹿騒ぎを見て「チッ、ウェーイどもリア充かよ爆発しろ」と舌打ちする自分もかもしれない、なので僕はSNSの類はしばらく前に卒業することにした。

別に無くても一向に困らないしな。

*1:変名バンドDukesでの活動もあるから実際には前々々作だけど