The Man Who Fell From The Wrong Side Of The Sky:2017年9月17日分

2017/9/17(Sun)

[映画] Wim Wenders/Paris, Texas

またしても訃報、俳優の Harry Dean Stanton が亡くなった。91歳にして老衰であり大往生ではあるけどとても寂しい。

映画「エイリアン」でネコ探してる最中に喰われてしまった人というと判りやすいか。

脇役の多い人だったけど、主演した「 Paris, Texas」という映画(脚本を手掛けたSam Shepardも今年7月に亡くなられている)がとても好きだ、彼が演じたトラヴィスという男はモハビ砂漠を飲料水が尽きてもなお徒歩で横断しようとする狂人だった。

このオープニングの、死の象徴であろうイヌワシの気配を感じ振り返るも最後の一口の水を飲んで歩きはじめる彼の表情がとても好きだ。

彼がそんな危険を冒して向かおうとする場所は、かつて気まぐれで通信販売で購入した土地があるテキサス州のパリという街、両親はその街で結婚し彼を産んだいわば人生のスタート地点である。

彼は4年前からずっと覚めない悪夢の中を生きている、そして人生をどうにかリセットするために自身のルーツである「パリ、テキサス」への放浪の旅を続けていた。 しかしその旅は彼を連れ戻しにやってきた弟ウォルトによって中断される。

トラヴィスは彼の4年間の不在をやんわりと責めるウォルトに「4年ってそんなに長い時間か?」と呟く、年老いた男にとっては10年前だって数日前と大して変わりはない。 しかし彼が残した幼い息子ハンターにとっては4年という時間は人生の半分を占めるほどに長いし、物心ついてからの記憶に父親の姿は無い。

母親のジェーンもまたハンターをウォルト夫妻を預けたまま姿を消していた、3人が家族だった頃の記憶は昔撮った8ミリフィルムの中にしか残っていない。

トラヴィスはハンターを前にしてどう振舞えばいいのか判らない、ぎこちないながらも父と子の関係を作り上げることに成功したが、やはりウォルトの元に居候するわけにもいかない。 また自分だけがハンターに許されるのはアンフェアという気持ちとそして後で書くけどハンターにかかった「呪い」を解く為、ジェーンを探しハンターと会わせることを決意する。

ストーリーネタバレになってしまうので詳しくは書かないけど、エンディングは3人がまた家族として一緒に暮らすみたいなハッピーエンドじゃない。 クライマックスでは4年前に彼が失踪するきっかけとなった出来事がモノローグで語られるけれども、けっして覆水は盆には帰らない。

この映画の苦いストーリーと映像そして音楽にインスパイアされて、U2 のボノは「 The Joshua Tree」という大ヒットアルバムを作ったけど、その曲の歌詞の通り「一緒に暮らしても、別離れても、どちらを選んでも死ぬほど苦しい」という共依存の袋小路なんよね。

音楽の話が出てきたのでそれにも触れておくと、Ry Cooder の書いたメインタイトル曲「Paris, Texas」が素晴らしい、

この曲はテキサスの盲目のゴスペル歌手にしてスライドギター弾きである Blind Willie Johnson による賛美歌「Dark Was The Night, Cold Was The Ground(夜は暗く、地は冷たく)」を翻案したものだ(同曲のカバーもエンディングで使われている)。

このオリジナルはボイジャー宇宙探査機に載せられた地球外知的生命体に向けてのメッセージである金メッキのアルミ製レコード盤にも収録されているので、宇宙人が最初に聴くアメリカ音楽のうちのひとつである。

そして Bind Willie Johnson もまた母親をはやくに失った哀れな子供だった、父親は再婚したが継母は若い男と浮気をしその現場を目撃した幼い彼は酸をかけられ失明した。 その悲惨な体験を歌った曲が「Mother's(Motherless) Children Have A Hard Time(母のない子は辛い目に)」だ

この曲の最も有名な翻案は Eric Clapton による「Motherless Children」だけれども、彼の家庭環境もまた複雑だった。父母と思ってたのは祖父母であり姉と思ってたのが本当の母親であり、彼を捨てて遠い地で再婚し新しい家庭を作っていた。 そして彼は姉と思っていた母親に「母さんと呼んでいいか」と尋ねるが拒否されとても傷ついたそうだ(そして母親の愛を得られなかった男の常として女癖が異常に悪くなる)。

そんな彼にも息子コナーが生まれたのだけども、本当の父親の顔も名前も知らなかった自分が父親らしいことができるか自信が持てなかった事を「My Father's Eyes」という曲で歌ってる。

何と語りかければいいんだろう
何を教えてあげればいいんだろう
何をして一緒に遊べばいいんだろう

そしてだんだん判ってきた
こうして息子が父親である僕の顔を見つめているというのは
僕はようやく名も知らない父の顔を見つめることが叶ったのと同じ事なんだと

トラヴィスが父親としてどう振舞えばいいのか判らなかった理由とよく似ている。

トラヴィスの両親の夫婦仲もあまり良くなかったようだ、彼がまだティーンエイジャーだったころに亡くなっている。なのでまだ幼かったウォルトその記憶はほとんどない。 ウォルト夫妻は仲睦まじく兄の子であるハンターも実子のように受け入れられたってのはこの記憶の欠落が大きい、一方でトラヴィスの結婚生活は破綻した。

そしてこの記憶の欠落ってのはハンターも同じで、トラヴィスの存在なんて知らずにウォルトの実子と信じ生活していれば本当は幸せだったはず。

でもトラヴィスは理解していた、本物の父親がいると知ってしまったからには本物の母親の愛情をも知らなければ「母のない子は辛い目に」遇ってしまうということを。 ウォルト夫妻が実子のような愛情を与えて育てても、それは Clapton が祖父母の愛情では満たされることが無かったの同じ事になってしまう。

だからこそジェーンを探し出してハンターと再会させようとするわけで、復縁なんかを考えてるわけじゃない(ハッピーエンドでない事に不服の恋愛脳の方々残念でした)。 彼女がハンターの将来を思ってウォルト夫妻の元にいくばくかのお金を毎月送ってきているからというのもある、ジェーンがハンターを拒絶したらもっと悪いことになる。

トラヴィスにとっては自分が迂闊にも戻ってきてしまったことでハンターに「母のない子は辛い目に」あうという呪いがかかってしまったことに気づいた。 そのシーンが高速道路にかかる橋で「この世界にはどこにも安全な場所は無い」という説教をする狂人に出会ったシーン。

ジェーンとハンターが抱擁しお互いの髪の色を見比べ母と息子である事を確認する、それは「呪いが解けた」瞬間でありそこまでが彼にできる精一杯の罪滅ぼしである。 そして彼は暗い夜の闇に姿を消す、トラヴィスの行方は誰も知らない。