2016/01/20(Wed)
○[音楽] そして星は再び蘇る (その3)
ボウイが曲 All The Young Dudeを提供した モット・ザ・フープルのドラム、デイル・"バフィン"・グリフィンも、まるでボウイに呼ばれるかのように 亡くなられたようです。
ボウイと ミック・ロンソンが天国でスパイダーズ再結成するのに、ずっと若年性認知症に苦しんでいた彼を選んだのでしょう。 なんせオリジナルメンバーの ウッディはまだ元気に ヴィスコンティと現世で仕事やってるのでドラムの座がぽっかり空いてましたからね。
ということで 昨日の続きです。
@英雄に求められる資質 (The Right Stuff)
タイトルはアメリカ初の有人宇宙飛行を目指すために選ばれた7人(マーキュリー・セブン)を描いた映画「ライトスタッフ」より。
砂漠のど真ん中の基地でいつ墜落するかも知れぬテストパイロットを生業とし、明日の朝生きてるかどうかも判らなかった男たち。 その代償は雀の涙のような軍の俸給以外は「自分は最高のパイロット」だという自尊心だけです。
悪運が尽きてしまえば、後に残るのは葬儀で涙を堪える未亡人とおきまりの追悼飛行、そして行きつけの食堂 *1に写真が飾られ、僅かな人々が故人の勇敢さを時折思い出すのみだったのです。
しかし彼らがアメリカ人として初めて宇宙を目指す7人、 マーキュリー・セブンに選ばれたことで生活は一変します。 世界で最も有名な写真週刊誌だった ライフの表紙を夫婦と共に飾り、独占インタビュー契約で年50万ドルを得るようになります。
彼らはメディアによって「国家の存亡を賭けたレースに出場する勇猛果敢な挑戦者たち」として大々的に取り上げられ、一躍国民的ヒーローとなります。 まるで Space Oddity の歌詞で
地上じゃ新聞記者たちが、君の着てるシャツはどこ製?みたいな事まで知りたがっているよ
と歌われたように、その一挙手一投足が新聞やテレビで報じられる立場となったのです。
しかしこれはとても奇妙な話です、彼らはまだ一度たりも月どころか宇宙にも飛び立っていませんし、乗り込むべきロケットもありません。 何の結果をも出していない男たちを、なぜ人々は英雄として迎え入れたのでしょうか?
@名声 (Fame)
タイトルはボウイとジョン・レノンの共作によるあまりにも有名な曲。
名声、代償としていろんなものがくっついてくる 名声、もうあいつを解放してやってくれ、受け入れきれるわけがない 名声、その立場にたったところで集まってくるのは中身が空っぽのものばかり
映画ライトスタッフの一シーンより。
(ジョン・グレン) 俺はこの計画の先行きを暗くするような厄介ごとは何一つ持ち込みたくない 人生で最高のチャンスを手にしたんだ、その前で立ち止まるような真似は勘弁だ 他の奴らにクソを擦り付けられたくない 判ってるよな?お前らのやってることは必ず問題になるぞ (スコット・カーペンター) なんの話だよ? (ジョン・グレン) お前らが夜な夜な遊び歩いてる事の話をしてるんだ、若い女の話だよ、ふわっふわしたグルーピーどもの話だよ ズボンのチャックはきつく締めて、そのだらしないイチモツはしまっとけって言ってんだよ (アラン・シェパード) グレン君よぉ、あんた超えちゃいけない線踏んだぜ、あんたのモラルってやつを他人に押し売りしないでもらおうか 俺らは皆志願してこの仕事について、長時間の訓練に身を捧げてる その上任務に対して発生する義務の範囲を超えた仕事にまでつきあわされてる、工場の親善訪問みたいな慈善にまでだ (ジョン・グレン) それが女連れ込んでお楽しみする理由なのか (アラン・シェパード) この忙しさでまともな家庭生活なんてどっかいっちまったよ グレン君な、良識をわきまえるってことは、他人のイチモツの使い道についてはとやかくいわないってことだぜ (スコット・カーペンター) ジョンの言う通りかな、好むと好まざるとに関わらず俺たちはもう有名人なんだ、俺たちにそれだけの価値があろうが無かろうが 人は俺たちを尊敬と羨望の目で見るんだ、とんでもない責任を背負わされたもんだ (アラン・シェパード) 普段パイロットが空飛んでない間どうすべきかなんて、お前こそお説教できるご身分なのかよ (ガス・グリソム) ちょっと待てよ、お前ら何から何まで間違ってる、俺たちの問題はメスマンコなんてどうだっていいんだ 俺たちの問題はサルだよ (ジョン・グレン) 何言ってんだコイツ (ガス・グリソム) 俺たち自身の問題だよ、俺たちはサルなんだよ (デューク・スレイトン) あー、ガスが言わんとしてるのはもっと別に話すべき問題があるだろってことだろ 噂はみんな聞いてると思うけど上層部は予行で宇宙にサルを送り込むつもり、サルに宇宙船の操縦は無理だろ?つまりおサルの電車を作る気なんだ そして俺らは本番でも運転席にただ座ってるだけ、俺たちはパイロットどころか大学を出たチンパンジー扱いってことだよ (ガス・グリソム) クソが、ナメやがって
Fameの歌詞通り、名声は多くの良くない副作用をもたらしました。彼ら7人はこれまでどおりの生活を送ることはもはや不可能です *2。
彼らは軍人です、自分らがアメリカ国民から英雄扱いされる理由を Call Of Duty、つまり国家の大事に自らを捧げ、人々が模範とすべき規範を行動せしめ、さらに任務を完璧に果たすための能力を自分が持っているからと固く信じています。
しかしながら上層部が宇宙飛行士に求めた能力つまり彼らがクリアしてきた適性テストというのは、肺活量などの基礎体力測定はまだいいとして
- 徐々に傾斜と速度が厳しくなるランニングマシンを踏破する
- 長時間氷水に足を漬けてガタガタ震えながら耐える
- ひまし油を飲む(そして下痢をする)
- 大量の浣腸液を尻に注入されてひたすら我慢する
というあまりにもバカバカしい無意味なテストの数々でした *3、実際に腹を立てて選考を途中辞退したパイロットもいます。
彼ら7人は陸海空軍そして海兵隊のエリートではありましたが、テストパイロットとして技量の高い人間は他にもいます。 例えばこの映画のもう一人の主人公、はじめて音速の壁を突破した男 チャック・イェーガーもです。
連日のように新聞や週刊誌そしてテレビを賑わせる「まだ何も成していない」英雄たち。 そもそも彼らが選ばれた理由が「大量の浣腸を尻に注入されても長時間排便を我慢できる能力に優れる」からだったと国民が知ったら?
この頃テレビで人気だったコメディアンの ビル・ダナが演ずる、英語も片言のメキシコからの不法移民である ホセ・ヒメネスの方がよっぽど宇宙飛行士に適任ということになってしまいます。
そもそも上層部は当初テストパイロット達から宇宙飛行士を選ぶ予定すらなかったのです。 実験動物として、よりによってテストパイロットのようなプライドが高く扱いづらい人種はまっぴら御免という判断でした。
(上層部) スペシメン(実験動物)を打ち上げます (大統領) スペースメン(宇宙人)を? (上層部) ス-ペ-シ-メ-ン、実験動物をです。 (大統領) その、いったいどういう実験動物だね? (上層部) タフで、地上からの指示をよく守るものをです そう、私が考えてるのはジンプとか (大統領) ジンプ?何なんだそりゃ一体 (上層部) ジンプ、チンパンジー、つまりサルです。 (補佐官) 宇宙へ行くアメリカ人の最初の一人がサルだって?
彼らは空中ブランコ、綱渡り、水中脱出そして人間大砲に長けたサーカスの曲芸師や奇術師こそが適任とすら考えていた時期すらあったのです。そう ジョルジュ・メリエスの映画 月世界旅行の登場人物さながらに。
彼らはテストパイロットとして死ねば、誰よりも勇敢に操縦桿を操作した男として死ぬことができます。 しかし操縦桿もない全自動運転のカプセルにただ座ったまま実験用のサルとして死んでしまったら?
@次回予告
宇宙飛行士はただの実験動物のサルなのか、それとも名声に値するだけの能力を持った男たちなのか。
次回「2001年宇宙の旅 (2001: A Space Odyssey)」です。
*2:そして月旅行時代の狂騒が終わる頃には宇宙飛行士とその妻たちのほとんどが離婚を経験し、あるものはアルコールに溺れ心を病み、そして命を絶った者までいます。
*3:映画では虚実ない交ぜの出鱈目なテストのオンパレードで爆笑モノです。